今は無き築地市場の場内食堂で食べた最高の朝ごはん|魚屋が語る懐かしの味

【築地市場には「二つの顔」があった】
築地市場といえば、多くの人が思い浮かべるのは場外市場ではないでしょうか。観光客や料理好きの人たちが行き交い、海鮮丼や玉子焼きを楽しむあの賑やかなエリアです。でも、魚屋として長年市場に通ってきた私が本当に通っていたのは、一般の人にはあまり知られていない「場内」のエリアでした。
場内は業者専用のプロの世界。競りが行われ、問屋が並び、魚のプロたちが真剣な目で魚を見極める場所です。観光地のような華やかさはありませんが、そこには本物の食の現場がありました。そして場内には、観光客がほとんど足を踏み入れない食堂がいくつも存在していたのです。
【場内食堂はプロのための食堂だった】
場外の飲食店が観光客向けにどんどん進化していく中、場内の食堂はずっと変わらないスタイルを守り続けていました。お世辞にもおしゃれとは言えない、飾り気のない空間。でもそこに並ぶ料理は、毎朝早くから働くプロたちの胃袋を満たすために作られた本物の味でした。
市場で働く人たちは夜中から動いています。競りが始まる前から魚を確認して、交渉して、仕入れて、店に戻って加工して——そんな体を動かし続けた後の朝ごはんは、何よりのご褒美です。場内の食堂はそういう人たちのための場所でした。だから、味に妥協がなかった。プロの舌を毎朝満足させてきた食堂たちは、どこも唸るほど美味しい店ばかりでした。
【私が通い続けたアジ酢定食の話】
数ある場内食堂の中で、私が特に気に入っていたのがアジ酢定食です。内容はシンプルそのもの。アジ酢・漬物・ご飯・味噌汁。それだけで500円でした。
アジ酢というのは、酢でしめたアジのことです。新鮮なアジを使って丁寧に作られたそれは、臭みがなく、身がしっかりとしていて、酢の酸味とアジの旨味が絶妙に絡み合っていました。付け合わせの漬物はさっぱりとして、味噌汁は体に染み渡るような優しい味。ご飯が進む、進む。
シンプルだからこそ、誤魔化しがきかない。素材が良くなければ成立しない料理です。市場の中で、最高の素材に囲まれた場所だからこそ生まれた味とも言えます。毎朝4時前に起きて市場に向かう日々の中で、あの定食は私にとって一日のエネルギーの源でした。
【市場に行くたびに感じていたこと】
市場での仕入れは、正直なところ毎朝が真剣勝負です。問屋さんとの交渉、鮮度の見極め、値段の駆け引き——気を抜ける瞬間がありません。そんな張り詰めた時間の中で、仕入れを終えて食堂の椅子に腰を下ろす瞬間の安心感は格別でした。
食堂に入ると知った顔もちらほら見える。同じように早起きして市場に来ているプロたちが、それぞれ黙々と朝ごはんを食べている。多くを語らなくても、同じ仕事をしている者同士の連帯感のようなものが漂っていました。あの空気感も、場内食堂ならではのものでした。
【築地が豊洲に移転して変わったこと】
2018年、築地市場は豊洲市場へと移転しました。場内の食堂も、あの懐かしい空間も、今はもうありません。豊洲市場にも食堂はありますが、やはり築地とは違う雰囲気です。新しくて清潔で機能的——それは素晴らしいことですが、長年通い続けた場所がなくなるのは、やはり寂しいものです。
今でも仕入れの帰り道に、ふとあのアジ酢定食の味を思い出すことがあります。500円で食べられた最高の朝ごはん。素材の良さがそのまま味になった、あのシンプルな一皿。プロの世界で生きる人間だけが知っていた、築地の本当の美味しさでした。
【まとめ】
築地市場の場内食堂は、観光客にはほとんど知られていない場所でしたが、毎朝早くから働くプロたちにとっては欠かせない存在でした。飾り気のない空間で食べるアジ酢定食は500円という値段が信じられないほどの美味しさで、早朝から続く仕入れの疲れを一気に癒してくれる特別な一皿でした。素材の良さを最大限に活かしたシンプルな料理は、新鮮な魚が集まる市場の中だからこそ生まれた味です。築地市場はなくなりましたが、あの朝ごはんの記憶は今も色褪せることなく残っています。魚屋という仕事を続けていく中で、あの場所で過ごした時間は私にとってかけがえのないものになっています。
魚の捌き方や料理レシピは、YouTubeチャンネル「おととチャンネル」でも動画で詳しく解説しています。ぜひチャンネルをのぞいてみてください😊
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