ケンサキイカという名前は聞いたことがなくても、赤いか、白いか、マイカという呼び名なら知っているという方は多いかもしれません。同じイカなのに地域によって呼び名がまったく変わる、少し不思議な存在です。イカの中でも甘みが強く、刺身にすれば上品な味わいが楽しめる高級イカとして扱われています。ここでは、うちの魚屋で日々ケンサキイカを扱っている立場から、生態や旬、そして美味しさの理由をお伝えします。
ケンサキイカの捌き方をYouTubeでも動画で解説しています。ぜひ合わせてご覧ください。
【ケンサキイカという名前の由来と分類】
ケンサキイカは、ヤリイカ科ケンサキイカ属に分類されるイカです。剣先という名前は、胴の先端が剣のように細く尖っていることに由来します。同じヤリイカ科のヤリイカも先端が尖っていますが、ケンサキイカのほうが胴に幅があり、全体的にどっしりとした印象になります。
分類上はヤリイカの近い仲間ですが、スルメイカとは科が異なります。スルメイカはスルメイカ科で、体つきも味わいもかなり違います。市場ではこの三種類がよく並びますので、見分けられるようになると買い物のときに役立ちます。ケンサキイカは胴が細長く、大きいものでは胴の長さが四十センチほどになります。
【赤いか、白いか、マイカと呼び名が変わる理由】
ケンサキイカの面白いところは、地域によって呼び名がまったく違うことです。山陰や北陸のあたりでは赤いか、同じ山陰でも地域によっては白いか、九州の呼子のあたりではマイカと呼ばれます。同じ一種類のイカが、三つも別の名前を持っているわけです。
この呼び名の違いは、地元で獲れる他のイカとの対比から生まれたものだと言われています。たとえば白っぽいイカが多く獲れる地域では、それに比べて赤みがあるからケンサキイカを赤いかと呼び、逆にスルメイカのように色の濃いイカが主流の地域では、それより白いから白いかと呼ばれるようになったという具合です。呼子でマイカと呼ばれるのは、そこで最も一般的に食べられている本命のイカだからです。うちの店でもお客さんから白いかはありますかと聞かれることがありますが、産地によって指しているものが違うことがあるので、確認しながらお出ししています。
【生態と分布】
ケンサキイカは、日本海側では新潟あたりから南、太平洋側では房総半島から南、そして東シナ海の広い範囲に分布しています。暖かい海を好むイカで、水温の低い北の海にはあまり出てきません。九州や山陰、北陸が主な産地となっているのはそのためです。
イカの仲間は寿命が短く、ケンサキイカもおよそ一年で一生を終えます。春から夏にかけて生まれ、急速に成長して秋から冬に産卵し、そこで命を終えるという生き方です。一年で四十センチ近くまで大きくなるわけですから、成長の速さは驚くほどです。日中は深い場所にいて、夜になると浅い場所へ上がってくる習性があり、この性質を利用してイカ釣り漁船が集魚灯を焚いて漁をします。夜の海に浮かぶ漁火は、この習性があるからこそ生まれた風景です。
【旬の時期と味わいの変化】
ケンサキイカの旬は夏です。おおむね六月から八月にかけてが最盛期で、この時期のものは身に厚みがあり、甘みも一年で最も強くなります。産卵に向けて栄養を蓄えていく時期にあたるため、身が充実してくるのです。
ただし産地によって時期は前後します。九州のほうでは春先から獲れ始め、日本海側では夏から秋にかけてが中心になります。また、春から初夏の若い個体はブドウイカと呼ばれることがあり、小ぶりながら身が柔らかく、丸ごと使える手軽さがあります。夏の大きなものは刺身向き、小ぶりなものは煮物や炒め物向きと、大きさによって向く料理も変わってきます。うちの魚屋でも、夏になるとケンサキイカを目当てに来られるお客さんが増えてきます。
【美味しさの秘密】
ケンサキイカがなぜこれほど甘いのかというと、身に含まれる遊離アミノ酸の構成に理由があります。イカの甘みのもとになるのはグリシンやアラニンといったアミノ酸で、ケンサキイカはこれらを多く含んでいるため、噛んだときにまっすぐな甘さが感じられます。スルメイカと食べ比べると、その差ははっきり分かります。
食感の良さも大きな特徴です。ケンサキイカは身が薄く、繊維が細かいため、刺身にしたときの舌ざわりがなめらかです。歯を入れるとすっと切れて、噛むほどに甘みが出てきます。エンペラが胴の半分以上を占めるほど大きいのも特徴で、このエンペラはコリコリとした食感を持っていて、胴とはまた違う楽しみ方ができます。一杯の中に食感の異なる部位が揃っているのも、ケンサキイカの魅力のひとつです。加熱しても硬くなりにくく、干物にすると旨みが凝縮するなど、調理法の幅が広いイカでもあります。
【市場での扱いと魚屋の視点】
市場でケンサキイカを見るときに、まず確認するのは透明感です。獲れたてのものは身が透き通っていて、時間が経つにつれて白く濁っていきます。刺身で出せるかどうかは、ほぼこの一点で決まります。表面に赤褐色の斑点が浮き出ていて、色素が動いて見えるようなものは特に新しい証拠です。
ケンサキイカはスルメイカに比べると漁獲量が少なく、単価も高くなります。スーパーで年間を通して並ぶスルメイカと違い、旬の時期に産地から入ってくるという性格の強いイカです。活け締めや船凍のものは価格が上がりますが、その分だけ状態が良く、刺身にしたときの差が出ます。うちの魚屋でも、良いケンサキイカが入った日はお客さんに声をかけてお勧めするようにしています。丸のまま一杯買っていただければ、胴は刺身、エンペラは炒め物、足は天ぷらと、一杯で三通りの料理が作れるのも、お伝えしたいところです。
【まとめ】
ケンサキイカはヤリイカ科に属する暖かい海を好むイカで、胴の先端が剣のように尖っていることが名前の由来になっています。地域によって赤いか、白いか、マイカと呼び名が変わるのは、その土地で獲れる他のイカとの対比から生まれたものです。寿命はおよそ一年で、旬は夏、六月から八月にかけて身の厚みと甘みが最も充実します。甘みのもとになるアミノ酸を多く含み、繊維が細かくてなめらかな食感を持つため、刺身でも加熱料理でも美味しく食べられます。大きなエンペラも含めて、一杯で複数の食感が楽しめるイカです。夏に市場や店先で見かけたら、ぜひ透明感のあるものを選んで、その上品な甘みを味わってみてください。
なお、刺身で召し上がる場合はアニサキスにご注意ください。アニサキスがいる魚介類は一度マイナス18度以下で24時間冷凍して下さい。
魚の捌き方はおととチャンネルで解説しています。

